電子線照射お役立ち情報

電子線照射試験の時に気をつけること

投稿日:2022年02月28日最終更新日:2022年02月28日

電子線照射試験を実施していると、目的とする反応以外の副反応の影響で思いがけない変化が起こることがあります。
例えば、架橋目的で照射した樹脂の変色や、電子線による発熱・放電現象によって樹脂が変形してしまうことなどです。
電子線照射試験の際に、気をつけなければならない事象とその対策例を紹介します。

放電現象(リヒテンベルク放電)について

加速電圧は、照射するサンプルの比重と厚みにより選定します。
加速電圧が厚みに対して小さい場合、照射した電子が材料中で停止し電荷が溜まります。この電子の滞留量が材料の絶縁耐力を超えた場合に、サンプル内部から表層へ向かって移動する放電現象を引き起こします。これをリヒテンベルク放電といいます。このリヒテンベルクという名称は、この研究をしたドイツの物理学者ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルクにちなみます。
電子が材料中を通過した痕は、リヒテンベルク痕として残ってしまいます(図1)。
リヒテンベル痕を発生させないためには、材料厚みに対して適切な加速電圧を選択する必要があります。両面照射に関する記事でも放電現象について紹介しているのでご参照ください。

リヒテンベルグ放電の例図1 リヒテンベルグ痕の例

後方散乱現象について

サンプルに対して加速電圧が低い場合、上記の放電現象が起こってしまう可能性があるため、サンプルを透過できる加速電圧を選定することが一般的です。サンプルを透過した電子の一部は、サンプルを置いた台などのサンプル背面の基材の表面で跳ね返ります。この跳ね返りを後方散乱(backscatter)と呼びます。
後方散乱の量は、サンプル背面の基材の材質により変わります。また、サンプルは、後方散乱により裏面からも照射されることになりますので、後方散乱分の線量を考慮する必要があります。
参考に各物質における加速電圧と後方散乱率の関係を図2に示します。
一般に原子番号が大きい物質は、後方散乱率が大きくなります。
後方散乱を防ぐため、弊社では樹脂板をサンプルの背面の基材として使っています。

図2 各物質における加速電圧と後方散乱率の関係

 

酸化について

放射線酸化は、電子線照射された高分子にできたラジカルが酸素と結合して起こります。
酸化は、電子線架橋、重合、グラフト重合の妨げになり、破断強度や破断伸びなどの性能を大きく劣化したり、異臭の原因になる場合があります。材料の極表層を加工するキュアリングやグラフトでは特に酸化に注意する必要があります。
酸化を防ぐためには、不活性ガス中での照射などが有効です。詳しくは放射線酸化の記事を参照ください。

照射によるガス発生について

電子線照射による架橋反応と分解反応は同時におこります。材料によって架橋と分解のどちらの反応が起こりやすいかは異なりますが、分解反応が全く起こらないということはありません。分解反応に伴いガスが発生し、これを分解ガスと呼びます。
分解ガスの種類は照射される材料によって異なります。例えばポリエチレンで発生するガスは99%以上が水素です。ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素系樹脂ではフッ酸が、ポリ塩化ビニル(PVC)では塩酸が発生します。
材料によって、可燃性ガスや腐食性ガス、有毒ガスなど人体や周辺装置に悪影響を与えるガスが発生する可能性がありますので、注意しなければなりません。
発生するガスの種類と量を知ることにより、照射時の対策を講じられます。ガス発生量は「ガス発生のG値」を用いて概算可能です。計算方法は別の記事で紹介します。

着色について1)

着色の原因は、高分子材料では材料自身の構造変化、酸化防止剤や安定剤等添加物の影響など様々です。着色の原因は大きく二つに分かれます。

①物理的原因:電子のトラップや結晶構造の変化
電子のトラップなどによる物理的原因の着色は経時で減衰します。
加熱(アニール)により、その減衰を促進できる場合もあります。

②化学的変化:共役ポリエンの形成、酸化防止剤や安定化剤等の添加物の影響
化学変化が原因の着色は減衰しませんが、着色抑制効果のある物質を加えることで、着色を軽減できることもあります。

電子線を照射すると材料は発熱します。
電子線の線量とエネルギーの関係は、1Gy=1J/kg です。たとえば、断熱系で10kGy照射した場合、比熱1の物質は約2.4℃温度上昇します。電子線照射時は、一部のエネルギーは反応に使われ、実際は70~80%程度が熱エネルギーに代わります。
電子線照射は、線量を分割して照射できますので、材料の耐熱性を十分考慮して、照射条件を決める必要があります。分割照射については別の記事にて紹介しています。

残存ラジカル

残存ラジカルとは、照射した材料中に反応せずに留まっているラジカルのことです。一般的には、数時間~数日で消滅します。
残存ラジカルは経時で、目的とする反応に寄与することもありますが、反対に材料劣化を引き起こすこともありますので、材料評価時には、この経時変化の観察・評価も必要です。

まとめ

気をつけるポイントをまとめると以下の通りとなります。
・電子線照射条件:加速電圧、サンプル背面の基材、分割照射
・その他の条件:ガス発生、着色、熱、残存ラジカル
電子線試験照射時に気をつけるべき点は多々ありますが、これらを事前に想定・確認し、材料毎に対策を施すことが重要です。
弊社では40年以上積み重ねて得られたノウハウを元に試験照射に際し、材料毎に適切な照射条件、照射雰囲気を提案いたします。

(野口記)

参考文献

1) 鷲尾:「各種高分子材料の電子線照射効果」、応用放射線化学シンポジウム、p30(1993)


[本件に関するお問い合わせ]
株式会社NHVコーポレーション EB加工部
TEL:075-864-8815
こちらのフォームよりお問い合わせください。

この記事に関連するカテゴリ・タグ

SNSでシェアする