無機材料への電子線照射その1~半導体材料~
投稿日:2022年04月15日最終更新日:2022年04月14日
電子線照射加工の多くは有機材料の改質に用いられていますが、無機材料への電子線照射加工も、行われています。
無機材料への電子線照射加工は、結晶中の原子のはじき出しや電子を励起することによる結晶構造への欠陥生成が利用されます。
本記事では結晶構造への欠陥生成の工業利用例として、半導体材料のシリコンへの照射加工を紹介します。
シリコン半導体の概要
シリコン半導体は、大きく2つの種類に分けられます。
・n型半導体:結晶中の原子の一部を価電子が一つ多いリンに置き換えて、
電子が一つ余っている状態(自由電子をつくる)
・p型半導体:結晶中の原子の一部を価電子が一つ少ないホウ素に置き換えて、
電子が一つ不足した状態(正孔(ホール)を形成する)
これらの半導体では、自由電子とホールがそれぞれ電流を流す因子(キャリア)として働きます。
n型半導体とp型半導体とを接合すると、拡散により自由電子がn型半導体からp型半導体へ、ホールがp型半導体からn型半導体へ移動します。そして接合面では自由電子がホールに飛び込むことで互いのキャリアが消滅します。これをキャリアの再結合と呼びます。再結合により接合面ではキャリアが存在しない層、空乏層ができて、電気を通さない絶縁層として働きます。
この接合した半導体のp側に+の電圧を印加しますと(図1(a))、接合面ではキャリアが消滅するたびにそれぞれのキャリアが供給されるために空乏層が無くなり電流が流れます。この状態をONの状態、順バイアス状態と呼びます。
反対にn側に+の電圧を印加しますと(図1(b))、自由電子はn側へ、ホールはp側へ移動して接合面近傍からキャリアを無くなり、空乏層が広がって電流は流れません。この状態をOFFの状態、逆バイアス状態と呼びます。このように、電流をON/OFF制御することがシリコン半導体の役割となります。
スイッチング特性と電子線照射の役割
半導体はインバータ等の高速スイッチング機器の素子として使用され、その重要な性能指標として順バイアスと逆バイアスの切替え速度(スイッチング特性)があります。
半導体の基本素子である、ダイオードのスイッチング特性を図2に示します。電圧の向きが順バイアスから逆バイアスに変わっても完全なOFF状態になるには時間(Reverse Recovery Time, trr:逆回復時間)がかかります。これは少数キャリア(p型半導体中の自由電子,n型半導体中のホール)がすぐに停止・消滅せず、順デバイス時と逆方向に移動してしまうためです。逆回復時間が長いと、高速スイッチングを阻害すると共に、逆電流が流れることで電力損失も大きくなります。
シリコンに電子線を照射すると、結晶中に欠陥が生じます。この欠陥は、キャリアである自由電子やホールを捕獲、キャリアの再結合、消滅を促す場(再結合中心)として働きます。これにより逆回復時間を短縮し、高速スイッチングや電力損失の低減を実現できます。再結合中心では、まず自由電子が欠陥内に捕獲され、マイナスに帯電することでホールを引き付ける場となり、自由電子とホールが再結合し消滅します(図3)。
再結合中心は順バイアス時にもキャリアを補足しようとするため抵抗となって電流を流すために必要な電圧(Vf:順電圧)が高くなり、電力損失が生じます。順方向の特性(Vf特性)と逆方向の特性(trr特性)はトレードオフとなるため、素子の働きに合わせた電子線照射の調整が必要となります。
電子線照射のメリット
再結合中心の生成は、重金属不純物を半導体中に拡散する方法でも実現可能です。しかし、重金属不純物を拡散させる方法では、濃度や深さ方向の分布、面内均一性などの制御が難しいことから実用的ではありません。電子線照射による再結合中心の生成は、面内均一性、濃度・分布の制御が容易であること、照射後の焼成により再結合中心の量を調整可能なことがメリットとなります。
さいごに
電子線照射による半導体のスイッチング特性の改善は、高速スイッチングが重要となるパワーデバイス向け半導体の製造に用いられており、自動車や家電製品など身近な電気機器の省エネなどの性能向上に貢献しています。次回はその他の無機材料への電子線利用例として、宝石の着色や電子機器用のダイヤモンドの特性改善についてお話したいと思います。
(一ノ尾記)
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