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ポリプロピレンの改質の話 その2 ~照射温度・照射雰囲気と電子線架橋~

投稿日:2023年04月17日最終更新日:2023年05月18日

ポリプロピレン(polypropylene、略称PP)は汎用性プラスチックの1種であり、機械的物性や耐熱性がポリエチレン(polyethylene、略称PE)よりも優れており、様々な用途で使用されています。
今回はその2として、PPに対して電子線照射試験を実施したデータをもとに、照射時のサンプル周囲温度(照射温度)と雰囲気ガス(照射雰囲気)の電子線架橋への影響について紹介します。

照射温度の影響

架橋剤を添加したホモPP(純粋のPP)とランダムPP(少量のPEが混ざったPP)の2種類の材料へ(材料の種類の詳細についてはこちらに記載してあります。)
①室温状態で照射 ②80℃加熱状態で照射 以上、2条件で架橋度合いの評価を行うゲル分率を測定しました。線量は20~500kGyで行いました。
その結果を図1、図2に示します。
結果より、各線量での室温と加熱を比較しても、ほとんど差が見られず、加熱による架橋促進効果は小さいものと考えられます。PPはPEと比較して照射後の結晶中の残存ラジカルが失活するまでの期間が長いため(PPの結晶度がPEより高いため、ミクロブラウン運動が起きにくく、分子鎖間のラジカル同士の結合や酸素の結合等の確立が少なくなります。よって、ラジカルが失活するまでの期間が長くなります。)加熱を行えば、加熱による分子鎖運動が促進され、残存ラジカル同士が結合し、架橋効果が大きくなると思われましたが、変化がほとんどみられませんでした。
これはPPの改質の話 その1のデータからもわかるように、架橋剤未添加のランダムPPは、300kGy以上の高線量でゲル分率が約25%に対して、架橋剤を添加すると20kGyでゲル分率が約50%と高くなり、架橋剤の影響が大きいことがわかります。このため、加熱による電子線架橋への影響が架橋剤の影響に比べ小さいため、ゲル分率の変化がでなかったと考えられます。架橋剤の影響が小さい低線量(今回だと25kGy以下)で加熱試験を行えば、ゲル分率の差が出てくる可能性があると考えられます。

照射温度の影響

照射雰囲気の影響

照射雰囲気の電子線架橋への影響を確認するために、ホモPPとランダムPPの2種類の材料を大気中と不活性ガスである窒素中で照射し、ゲル分率測定を行いました。(図3,4)
ホモPP、ランダムPP(1mm厚)ともに、大気中、窒素中のゲル分率の差はほとんど見られないことが確認できました。これは、比較的厚みのあるシートは、サンプル表層に形成した酸化層の割合が全体のサンプルに対して小さく、空気中の酸素とラジカルが反応する酸化の影響が小さいためだと考えられます(放射線酸化の影響の詳細についてはこちらに記載してあります。)。
また今回の結果は、大気中、窒素中で照射した後、1週間大気中で保管しています。PPの残存ラジカルの生存期間は1週間近くあることがESR(電子スピン共鳴法)からわかっています。そのため、窒素中で照射したサンプルも大気中で1週間保管する間に大気中の酸素と反応し、酸化層の形成が進んだ結果、大気中照射時とゲル分率の差がなくなったのではないかと考えられます。一方で、厚みの薄いフィルムの場合は、窒素中で300kGy照射すると20%の向上を確認できました(図3)。
1㎜厚と比較して、比表面積の大きい薄いフィルムの方が、酸化層の割合が全体のサンプルに対して大きく、架橋反応が阻害されると考えられます。よって、窒素中で架橋反応が促進されたと考えられます。
これらの結果から、薄いフィルムを照射する場合には照射時の雰囲気の影響、照射後の保管雰囲気の影響を考慮する必要があることがわかります。

照射雰囲気の影響

保管雰囲気の影響

図3,4で示した通り、ホモPP、ランダムPPともに、窒素雰囲気下で照射後、大気中で1週間保管した後ゲル分率の測定をすると、大気中照射条件のゲル分率と同等のゲル分率が得られ、架橋の促進がほとんど見られませんでした。
これは、大気保管中の酸化劣化によるものだと考えられます。
そこで、窒素中照射後、ラジカルが失活するまでの1週間、サンプルを窒素中で保管した後、ゲル分率測定を行い、保管時雰囲気の電子線架橋への影響を確認しました。
図5より1週間窒素中で保管したサンプルは、大気中で保管したサンプルよりも大きくゲル分率は向上しました。例えば、ホモPP(20μm厚)の300kGyでは大気中保管と比較して20%以上の向上が確認できます。ホモPP(1mm厚)の300kGyのゲル分率より低い値になりましたが、これは厚みが薄いほど酸化層の影響が大きく架橋反応が阻害されたからだと考えられます。
一方、線量を上げるごとに大気中保管と窒素中保管のゲル分率の差が縮まっていることがわかります。
これは線量を上げることで、酸素と反応するラジカル量より、架橋反応で用いられるラジカル量が多くなり、大気中保管でも酸化劣化の影響が小さくなったためだと考えられます。

保管雰囲気の影響

まとめ

照射温度は一般的に電子線架橋に影響し、高温ほど架橋反応が促進されると言われています。しかし、今回のPPの結果のように、架橋剤添加などの別のパラメータの影響により、照射温度の影響は
小さくなりました。
また、PPはPE(特にLDPE)と比較して結晶性が高く、照射後のラジカルの生存期間が長いです。そのため、ラジカルが消失する間は酸化劣化を防ぐために、窒素中にて保管することが望ましいです。
尚、工業利用では通常フィルムを巻き取った状態で保管しているため空気に触れず、窒素中保管とほぼ同じ状態であるため、大気中保管でも問題ないと思われます。
さて次回は、ポリプロピレンの改質の話 その3として、表面酸化の影響が厚み方向にどの程度影響しているのか、また、電子線架橋の力学特性への影響について紹介したいと思います。

(吉谷記)


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