電子線グラフト重合 その1 ~電子線グラフト重合の流れと用いる素材、モノマーについて~
投稿日:2022年05月31日最終更新日:2022年05月31日
電子線グラフト重合は、素材に機能を付加する技術で、付加した機能の耐久性が高いことが特長です。この特長を利用して、衣類など繊維の付加価値の向上や電池材料や医療器材への応用が進められています。
電子線グラフト重合は、電子線照射のみで完結するものではなく、重合反応の工程も必要となるため、工程が複雑になります。そこで今回は、電子線グラフト重合の工程とグラフトする素材やモノマーについてご紹介します。
電子線グラフト重合の工程
電子線グラフト重合は、その名の通りグラフト重合の一種であり、ラジカル重合反応で進行します。ラジカルの生成を電子線照射で行うため、過酸化物などの重合開始剤を使用することはありません。また電子線の加速電圧や線量によって、素材に生成するラジカルの場所(照射面からの深さ方向)や量を制御することができます。例えば、厚物のシートの照射面をグラフト重合で機能を付加して、反対の面は機能を付加しないということも可能です。
逆に言えばラジカルを生成するための電子線照射以外の工程は、通常のラジカル重合反応と大差ありません。つまり機能をもつモノマーを溶液などの状態にして素材と接触させたり、加熱により重合反応を促進させたり、反応後に素材を洗浄したりする工程が必要となります。電子線グラフト重合では素材への電子線照射と、素材とモノマーとの接触の2つの工程の順序によって、「前照射法」と「同時照射法」とに大別されます(図1)。
図1 前照射法と同時照射法の工程の概要
前照射法は、素材に電子線照射をした後、モノマーとの接触を行う方法です。素材はラジカルが生成した後にモノマーと接触するため、グラフト重合以外の反応が起こりにくく、副生成物が少ないのが特長です。また電子線照射と重合反応を明確に分けたいとき(電子線照射と重合反応を異なる場所で行うなど)、採用する方法です。多くの場合は、マイナス数十℃かつ不活性ガス雰囲気で照射中や照射後の素材管理を行うなど、重合反応を開始するまでの間、電子線照射で発生したラジカルを保存する必要があります。
同時照射法は、モノマーを素材と接触させた状態で電子線照射を行う方法です。モノマーにも電子線が照射されるため、前照射法と比べると副生成物が多くなる傾向にあります。しかし電子線照射による加熱も相まってラジカル生成と同時に重合反応が開始するため、前照射法のようなラジカルの保存は必要ありません。繊維のようにモノマーの溶液と接触させた素材をそのまま電子線照射に持ち込むことが容易な素材は、この方法を用い易いです。
枚葉処理であれば、グラフト重合処理前後の重量を図ることで、グラフトの度合いとなるグラフト率を測定することができます。グラフト率は別の記事でも紹介しましたが、式1で表されます。連続処理などでグラフト率の測定が困難な場合は、グラフト率と付加した機能の性能の相関関係を予め把握しておき、機能の性能から間接的に評価する場合もあります。
グラフト率(%)=100×(M1-M0)/M0 (式1)
M0:グラフト重合前の基材の重量
M1:グラフト重合後の基材の重量
グラフト重合に用いる素材
架橋と同じように、グラフト重合に適した素材、適さない素材というのがありますが、その傾向は架橋とは異なります。表1に主な素材について、私たちが実際にグラフト重合を実施した結果をもとに分類した一覧を示します。例えば、セルロースは電子線照射により崩壊が優先的に起こるため、架橋には適さないのですが、グラフト重合はし易い素材です。これは、電子線照射によりセルロースに生成するラジカルは架橋反応に寄与せず、重合反応に使いやすい傾向があることに起因します。一方、架橋に適しているポリエチレンはグラフト重合には適さないかというと、そうでもありません。ポリエチレンはグラフト重合にも適しています。低温保管するなどすれば、重合反応に使えるラジカルが多くなるためです。
それではグラフト重合に適さない素材がどのようなものかと言いますと、電子線に強いといわれる芳香族を構造にもつ素材が挙げられます。これは、電子線照射によりラジカルが生成し難い、もしくは生成したラジカルが芳香環で共鳴安定化することで反応にほとんど寄与しないことが原因と考えられています。これらは適さないとは言いましたが全くグラフトができないわけではありません。少ないラジカルを利用することでグラフト重合を行っている例も多く報告されています。
グラフト重合に用いる機能性モノマー
前述の通り、重合反応はラジカル重合反応です。そのため、機能性モノマーには、不飽和結合をもつ化合物で特にアクリレート系、メタクリレート系モノマーが用いられます。親水性やイオン交換性をもたせる場合に最もよく用いられるモノマーはアクリル酸です。アクリル酸はラジカル重合しやすく、水も溶媒にできるのが強みです。逆にはっ水性をもたせる場合は、フッ素系のモノマーを用います。また、希望する機能が直接導入できないときは、メタクリル酸グリシジルというモノマーを用いて、素材にエポキシ基を導入した後、エポキシ基の開環反応を利用して、種々の官能基を導入する方法を用います。
さいごに
このように電子線グラフト重合は電子線照射以外に重合反応という要素があるため、工程がやや複雑になり、グラフト重合に影響を及ぼす因子が多くなります。次回はグラフト重合に影響を及ぼす因子について、解説したいと思います。
(奥村記)
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