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無機材料への電子線照射その2 ~宝石への応用~

投稿日:2022年07月15日最終更新日:2022年07月15日

前回、無機材料への電子線照射加工の例として半導体材料のシリコンへの照射加工を紹介させていただきました。つづきとして、本記事では電子線照射による宝石の着色及びダイヤモンド量子センサの生成を紹介します。

①放射線加工による宝石着色の仕組み

無機材料への電子線を含む放射線照射加工で、身近に見られるものの一つが宝石への着色です。
宝石に放射線を照射するとシリコンと同様に結晶構造中に欠陥を作ることができます。
結晶構造の欠陥は電子・正孔を捕獲・帯電し、特定波長の電磁波・光を吸収する場(=色中心)として働くことは良く知られています。
この欠陥が生じた後熱を加えることで、欠陥の状態を変化させ、色中心の吸収する電磁波・光の波長を調整します。
熱で調整した色中心により特定波長の可視光を吸収された宝石は、吸収された色の補色(混ぜ合わせると無彩色になる色の組み合わせ)が発色します。このようにして宝石の着色が行われています。放射線照射加工する宝石の代表的なものに、2021年より新たに誕生石に加わったモルガナイト(ピンク色のベリル)やクンツァイト(薄紫色のスポジュメン),手軽に身に着けられる色付き宝石として流通の増えてきたブルートパーズやファンシーカラーダイヤモンド等があります。これらの宝石では天然で色味の良いものは大変希少なため、放射線加工で着色することが一般的に行われており、宝石鑑別・鑑定の際には線量計で残存放射能を確認することがしばしば行われています。線量計検査で放射線が検出された場合には「照射処理が行われています」、検出されなかった場合には「通常、照射処理が行われています」とコメントされます。特に残存放射能が検出されることが多いモルガナイトでは、線量計検査・コメント記載が基準化されています(検出された残存放射能の残留量は人体には影響しない低レベルです)。
放射線照射加工をしたモルガナイトやクンツァイト等は色中心が強い光や熱等で励起され容易に状態が変化し、短期間で退色してしまいます。一方で、ブルートパーズとファンシーカラーダイヤモンドは通常の使用下で安定しています。以下に、それぞれの特徴について説明します。

ブルートパーズ

赤やオレンジがかった黄色、金褐色のトパーズは高い価値がある宝石として扱われていますが、最も多く産出する無色のものには宝石としての価値がありませんでした。これら無色のトパーズに付加価値をつけるため、放射線照射加工により青色に着色したブルートパーズが1970年代から流通し始めました。電子線やγ線で着色された「スカイブルー」という淡色のブルートパーズは放射化することは殆どありませんが、「ロンドンブルー」という濃色のブルートパーズは原子炉を用い高速中性子を照射するもので、照射直後は残存放射能を持ちます。2007年以降は取扱方法も規格化され、安全確保の為一定期間厳重に管理された場所で保存して放射性を示さなくなった後に流通しており、アメリカでは合衆国原子力規制委員会(NRC)の認可の下で取り扱われています。

トパーズ, 原石, 加工品
図1 トパーズの未照射品と照射加工品

 

ブルートパーズ, 鑑別書
図2 ブルートパーズの簡易鑑別書

ファンシーカラーダイヤモンド

ダイヤモンドでは茶色・黄色以外で透明感のある色付きのものは希少であり、結晶構造が強固で含侵等の着色が容易ではないため、20世紀初頭から放射線照射加工での着色が実施されてきました。当初はラジウムによる放射線加工で、ダイヤモンドの表面のみ着色したグリーンダイヤモンドが生産されていましたが、現在では電子線やγ線・中性子線を照射した後、高温をかけることで様々な色に発色させています。照射のみですと暗緑色(黒色)~青緑色に発色しますが、加熱することで透明感のある青色⇒緑色⇒黄色・オレンジ・赤へと色を変えることができます。これらの着色はダイヤモンドに含まれる不純物(主として窒素と)との相互作用で生じます。不純物含有量の少ない無色のダイヤモンドはγ線や運動エネルギーの低い熱中性子線での照射加工では着色せず、電子線等の荷電粒子線や運動エネルギーの高い高速中性子線で着色することができます。

ダイヤモンド, 未照射品, 照射加工品
図3 ダイヤモンドの未照射品と照射加工品

②ダイヤモンド量子センサ

ダイヤモンドへの放射線照射による色中心の生成は着色だけでなく様々な物理量を測定する量子センサにも応用され研究が進められています。
ダイヤモンドの色中心の一種で、窒素を微量に含んだ人工ダイヤモンドに電子線を照射した後、加熱加工や化学処理を施すことで、不純物である窒素(N)と結晶格子から原子が1個抜けてできた空孔(V)のペアが生成されたNVセンターがあります。NVセンターは電子を捕獲し、電子2個分のスピン(電子の自転の自由度 2個分の電子スピンで量子数S=1)をもち、強い蛍光を発します。この電子スピンの状態(量子状態)は磁場、電気、温度、ひずみに対して変化します。

NVセンター模式図
図4. NVセンター模式図

 

NVセンターの量子状態の変化を蛍光強度の変化計測や電気的な測定などで観測し、高感度のセンサとして利用することができます。通常、量子状態の保持は極低温状態等特殊な環境下以外困難ですが、ダイヤモンド結晶はその強固な構造より、室温や放射線下でもNVセンターに捕獲した電子を保持したまま離さないため、量子状態を維持できます。NVセンターを用いた量子センサは室温で使用できる高感度センサ,放射線下でのセンサとして期待されています。

さいごに

無機材料への放射線照射加工はまだまだ少数ではありますが、様々な捕獲中心・色中心の生成技術として、今後も光学分野・量子論分野での利用が見込まれます。中でも電子線照射加工は欠陥生成の均一性・制御性に優れ、カスケード(狭い範囲で集中する欠陥)が発生しないため、今後工業利用を中心に広く展開することが期待されます。

(一ノ尾記)


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株式会社NHVコーポレーション EB加工部
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