照射雰囲気の影響
投稿日:2021年11月18日最終更新日:2021年11月16日
電子線照射を工業的に使用する場合、照射雰囲気は通常空気中で実施しますが、塗料やインクなどを電子線硬化する場合は、不活性ガス雰囲気で実施します。その理由は、塗膜の表層部のみは空気中の酸素と反応して硬化反応が進まないためです。また、架橋反応でも空気中照射では、硬化反応と同様に表層部は架橋反応が阻害されます。
架橋反応への照射雰囲気の影響
電線被覆材料や自動車用タイヤの架橋など工業的に利用されている電子線照射では、その照射雰囲気は空気中ですが、照射雰囲気を変えて架橋反応を促進させる検討も行われています。高密度ポリエチレン(HDPE)をアセチレン中やアセチレン+クロロトリフロオロエチレン中で照射を行うと、かなり架橋反応が促進されますが、これらの雰囲気ガスは300μm以上の深さに入らないため、内部のゲル分率は大差のない結果が得られています。
つまり、架橋反応への照射雰囲気の影響は、厚さ300μm以下の薄いフィルム状の被照射物のみ大きく影響するといえます。
薄いフィルムの架橋における照射雰囲気の影響を確認するために図1に示すようにエチレン・酢酸ビニル共重合(EVA)[酢酸ビニル(VA)含量10%]40μmのフィルムを用いて、照射雰囲気の相違による線量とゲル分率の関係を検討しました。その結果、架橋効果は、窒素中>空気中>酸素中の順になりました。これは、高分子の架橋がラジカル反応であるため酸素が存在するとラジカルと酸素が反応し、ラジカルの再結合により架橋反応が阻害されるためです。
また、図2に示すように、厚みを30、95、200μmの3種類に変化させた低密度ポリエチレン(LDPE)を用いて、空気中と窒素中で電子線照射を行い、ゲル分率の変化を検討しました。その結果、空気中照射では、試料厚みが増すとゲル分率は向上しますが、窒素中照射では、試料厚みの影響が見られないことから、酸素阻害は試料表層部のみに限定して影響されると考えられます。この結果は、FT-IRでのカルボニル基の吸収量の相違とESCAでの表面酸素量の相違でも確認されました。
硬化反応の影響
今回用いたアクリル系ハードコート剤はEB硬化反応では、ラジカル重合が支配的なため、酸素が存在すると連鎖反応の活性種であるラジカルと反応して重合連鎖の成長が停止します。従って、EB硬化反応は、不活性ガス中で行われており、一般的には窒素ガスが使用されています。しかし、窒素ガスの使用はランニングコストの上昇につながるので好ましいとはいえません。このため、電子線照射室に入れた窒素の一部をリサイクルして窒素ガスの消費量を低減させ、ランニングコストを軽減させるような電子線照射装置側の工夫もなされています。
また、EB硬化樹脂側では、窒素ガスの純度が悪くても硬化することが望ましいです。そこで、図3に示すように、窒素中に残存する酸素濃度を10ppm~1300ppmまで変化させて、テーバー摩耗試験後のヘーズ度の相違を検討しました。低線量側では残存酸素濃度の影響がみられますが、線量が増加するにつれて残存酸素濃度の影響が小さくなりました。この効果は、FT-IRでのアクリロイル基の二重結合の変化でも確認しました。従って、照射雰囲気中の残存酸素濃度は、500ppm程度以下にする必要があります。
まとめ
架橋反応と硬化反応は共にラジカル重合反応であるため、空気中の酸素の影響を受けて重合停止反応となりますが、それは表層部に限定されます。
架橋反応では、電線被覆素材や発泡素材のように厚みがmmオーダーでは、表層部の影響は無視できることが多いため照射雰囲気は大気中で良いと思われます。しかし、硬化反応では、表層部の特性が重要であるため、酸素阻害が生じないよう窒素中雰囲気とし、残存酸素濃度は500ppm程度以下にする必要があります。
(中井記)
参考文献
中井:「EB照射における照射条件の影響」,第34回ラドテック研究会講演要旨集,(1993.7)
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